制作中

この設計図は作成の途中です。内容は今後変わります。数字は出典を確かめたものだけを載せています。

経済・お金・仕事

労働(働き方)

「働く」という言葉は、勤めに出ることだけを指して使われがちです。

朝起きて、通勤して、仕事をして、帰ってくる。

ただ、その一日のなかには「働いた時間」と「働かずに耐えた時間」が混ざっています。この混ざり合いを放置すると、生きづらさが生まれます。

何を解決したいのか

新社会は、働くを三つの層に分けます。

  • 収入と時間の層——何時間働き、どれだけ収入があり、休息はどう確保されるか
  • 契約と保障の層——契約期間、雇用の継続性、有給休暇や休業の扱い
  • 対人関係の層——その職場で誰と働き、どう扱われるか

三つ目がない論じ方をすると、気づかないうちに三層目を白紙のまま制度を設計してしまいます。賃上げを制度化しても、帰ってからの夜が壊れている人が残ります。その人が翌月に抱える負担は、賃上げの金額より大きいことがあります。

そして、三層目のうち、いま最も薄く扱われているのが、対人関係のストレス構造です。

労働時間・賃金・雇用形態は測れます。毎年数字が出ます。けれど、その職場で誰とどんな力学のなかで,能否生き延びるかについては、測定の枠組みそのものがありません。

新社会は、これを制度の欠陥として扱います。

被害者と加害者が、同じ組織の中にいる状態で、「相談」という出口しか用意されていないこと。

このサイトを書いている私自身にも、相談したら状況が逆に悪化した経験があります。事情の詳細は伏せますが、構造は同じでした。相談先が加害者と同じ側にいた。あるいは、相談内容を確認するために、加害者に連絡を取ってから返事が来た。経営は把握している、けれど動かない。

これは個人の姿勢の問題ではなく、組織の形の問題です。新社会は、あとでなぜそうなるのかを制度として設計します。

現在の社会ではどうなっているか

ここからは事実の話です。出典を明示します。統計の年度が前後するので、時期ごとに書いています。

賃金は上がった。2026年に、はじめて実質も上回った

2025年(令和7年)年間では、実績はマイナスでした。

厚生労働省「毎月勤労統計調査」2025年分結果確報によると、事業所規模5人以上の月間現金給与総額は355,941円で、前年比2.3%増。5年連続の増加です。

一方で実質賃金指数は前年比マイナス1.3%。4年連続のマイナスでした。

  • 一般労働者の現金給与総額 465,923円(前年比2.9%増)。実質はマイナス0.7%
  • パートタイム労働者の現金給与総額 114,527円(前年比2.3%増)。実質はマイナス1.3%
  • パートタイム労働者の時間当たり給与(所定内給与)1,394円(前年比3.8%増)で過去最高

出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査 2025(令和7)年分結果確報」

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r07/25fr/mk07fr.html

出典:労働政策研究・研修機構「2025年の実質賃金指数の前年比はマイナス1.3%で、4年連続のマイナスに」

https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2026/04/kokunai_01.html

ここから先が変わりました。2026年(令和8年)7月分確報(2026年9月28日公表)はこうなっています。

  • 就業形態計の現金給与総額 434,507円(前年比4.3%増)
  • 一般労働者の現金給与総額 576,019円(前年比4.3%増)
  • パートタイム労働者の現金給与総額 123,263円(前年比4.5%増)。時間当たり給与1,455円(前年比5.4%増)
  • 実質賃金指数117.1、前年同月比2.0%増
  • 同じ月の消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)は前年同月比2.2%上昇

出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026(令和8)年7月分結果確報」

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2607r/2607r.html

速報値では実質賃金は7カ月連続のプラスとされ、「2021年5月以来の高い伸び率」と書かれていました。名目賃金も1997年1月以来の伸び率となり、3%以上の伸びが6カ月続いたのは34年4カ月ぶりだということです。

出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査 2026(令和8)年7月分結果速報」

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r08/2607p/dl/houdou2607p.pdf

名目では上がり続けていた。けれど消費者物価に追いつかず、実質では4年続けて減っていた。それが2026年に反転した、というのが今の状態です。

非正規が3人に1人以上

総務省「労働力調査(詳細集計)」2025年平均によると、役員を除く雇用者に占める非正規雇用労働者の割合は36.5%。非正規の職員・従業員は2,128万人で、正規の職員・従業員は3,708万人です。

内訳は、パート1,031万人、アルバイト481万人、派遣社員156万人、契約社員273万人、嘱託105万人、その他81万人。

出典:総務省「労働力調査(詳細集計)2025年平均結果の要約」

https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/youyaku.pdf

出典:労働政策研究・研修機構「就業状態別15歳以上人口 2025年」(出典元:総務省統計局「労働力調査(基本集計)2025年平均結果」)

https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/chart/pdf/g0001.pdf

非正規を選んだ理由の1位は「自分の都合のよい時間に働きたいから」で、757万人(36.6%)。2位は「家計の補助・学費等を得たいから」で366万人(17.7%)。

その一方で、「正規の職員・従業員の仕事がないから」を選んだ者は173万人。不本意非正規とされるものの割合は8.4%で、男性13.7%に対して女性6.5%という幅があります。

出典:厚生労働省「『非正規雇用』の現状と課題」

https://www.mhlw.go.jp/content/001234734.pdf

非正規の増加が労働時間を削っているという構図は、厚生労働省の資料でも示されています。パートタイム労働者比率が女性46.1%、男性16.8%(令和6年)に達し、一般労働者の年間総実労働時間は平成30年以降2,000時間を下回り、パートタイム労働者は令和元年以降1,000時間を下回っています。

出典:厚生労働省労働基準局労働条件政策課「労働時間等関係資料 参考資料No.2」(令和7年2月28日)

https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001426233.pdf

最低賃金は毎年上がる。けれど地域差は残る

2026年度(令和8年度)の地域別最低賃金の答申は、2026年9月3日に全都道府県から出そろいました。

  • 全国加重平均 1,177円(前年度1,121円。+56円。目安制度が始まった昭和53年度以降で2番目の高さ)
  • 最高額 東京都 1,280円。最低額 宮崎県 1,085円
  • 最高額に対する最低額の比率は84.8%(前年度83.4%)。12年連続の改善
  • 引上げ額は54円から65円まで。10月1日から12月2日のあいだに、都道府県ごとに順次発効

出典:厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました」(2026年9月3日)

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_75950.html

出典:厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/index.html

同じ日の閣議で「日本成長戦略」「骨太方針2026」が閣議決定され、全国平均1,500円を「遅くとも2030年代前半、できる限り早期に」達成する、と独自に書き込まれました。1,176円の水準から年55円ペースなら2032年頃、年66円ペースなら2031年頃という計算になります。目標値と、そこへ至る手順の距離は、まだ離れています。

所定労働時間は、法定にかなり近い

労働基準法の原則は1日8時間、週40時間まで。けれど所定労働時間は、その手前に置かれています。

厚生労働省「令和7(2025)年就労条件総合調査」によると、企業に最も多くの労働者に適用される1日の所定労働時間は1企業平均7時間49分、週所定労働時間は39時間24分。産業別では宿泊業・飲食サービス業が週40時間02分で一番長く、金融業・保険業が38時間12分で一番短いです。

出典:厚生労働省「令和7(2025)年就労条件総合調査の概況」(2025年12月19日公表)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/25/dl/gaikyou.pdf

一日の枠が法定より短い分、残業に回しています。

東京都労働局「労働条件定期調査」(令和5年、30人以上規模)によると、

  • 週所定労働時間の平均は39時間7分。このうち40時間が49.0%、40時間未満が41.2%
  • 年間所定労働時間の平均は1,950時間
  • 1日の所定労働時間の平均は7時間44分、休憩時間の平均は62分
  • 7月の所定外労働時間の平均は男性15時間11分、女性8時間27分

同じ資料で、男性のうち7月の所定外労働時間が10時間を超えた人の割合は40.8%に達しています。

出典:東京都労働局「労働条件定期調査報告書(令和5年)」

https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/sangyo-rodo/2_6_2

厚生労働省の令和5年調査(特例措置対象事業場調査)では、週所定労働時間が40時間以下の事業所の割合が87.2%、週40時間を超えた労働について割増賃金を支払っている事業所の割合が82.9%でした。働いたぶんだけ収入が上乗せされる、という状態がふつうのことになっています。

出典:厚生労働省労働基準局労働条件政策課「労働時間等関係資料 参考資料No.2」

https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001426233.pdf

退職理由に「人間関係」が並んでいる

厚生労働省「令和6年(2024年)雇用動向調査」によると、女性の離職理由では「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」が12.8%、「職場の人間関係が好ましくなかった」が11.7%でした。男性では「給料等収入が少なかった」が10.1%、「職場の人間関係が好ましくなかった」が9.0%、「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」が8.6%でした。

出典:厚生労働省「令和6年雇用動向調査結果の概況」(2025年8月26日公表)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/25-2/dl/gaikyou.pdf

条件がよくても、対人関係で離れる。順番としては、そう読めます。

なお「令和7年(2025年)雇用動向調査」も公表されていますが、このページでは男女別の内訳を確認していません。上の数字は2024年分です。

出典:厚生労働省「令和7年 雇用動向調査結果の概要」

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/26-2/index.html

対人関係の被害は、減っていない

  • 労働施策総合推進法(パワハラ防止法)に基づく労働局への相談件数は、令和5年度62,863件、令和6年度72,789件、令和7年度80,969件。3年間で1.3倍。令和7年度は前年度比11.2%増です
  • 令和7年度の民事上の個別労働関係紛争のうち「いじめ・嫌がらせ」の相談は55,614件(前年度比1.1%増)で、14年連続の最多。総合労働相談の総件数は119万8,010件、18年連続で100万件を超えています
  • 同じ令和7年度に、雇用管理の実態把握を行った3,034事業所のうち1,714事業所に労働施策総合推進法違反が確認され、2,525件の是正指導が行われました。紛争解決の援助の申立受理は1,675件、調停の申請受理は692件です

出典:厚生労働省「令和7年度の都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況について」

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001730947.pdf

出典:厚生労働省「『令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況』を公表します」(2026年7月7日公表)

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_00235.html

出典:厚生労働省「労働施策総合推進法の施行状況」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000167772.html

それとは別に、厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」(令和5年度)では、過去3年でパワハラを受けたと答えた労働者は19.3%。そのうち36.9%は社内外への通報をしておらず、理由の65.6%が「何をしても解決にならないと思ったから」でした。

同じ調査で、勤務先が加害行為を認識していた事例のうち、「特に何もしなかった」が53.2%、「パワハラがあったともなかったとも判断せず曖昧なまま」が61.4%、「パワハラと認めた」が18.8%。

出典:朝日新聞「増え続けるパワハラ相談 通報控える被害者『何しても解決にならぬ』」(2026年4月7日)

https://www.asahi.com/articles/ASV3Y4W9RV3YUTIL011M.html

最後に見た数字たちは、このページの中心にある問題とほぼ同じことを言っています。

被害は深刻で、通報は出ない。通報が出ないのは「解決にならない」と分かっているからで、勤務先は把握していながら動かない。

そして被害者は、救済が有望でないという予測を先にして、通報という選択肢そのものを手放しています。

メンタルヘルスは、測る仕組みはある。つなげる仕組みが薄い

「測れない」というほど,事情は単純ではありません。

厚生労働省「2024年労働安全衛生調査(実態調査)」(2024年10月31日現在の状況。2025年8月7日公表)によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は63.2%。規模別にみると50人以上が94.3%、30~49人が69.1%、10~29人が55.3%です。

具体的な取り組みの1位は「ストレスチェックの実施」で65.3%。ただし分母を全事業所(対策に取り組んでいない事業所を含む)とすると、1,000人以上が100%、50人以上が84.7%、30~49人が40.0%、10~29人が32.2%でした。実施した事業所のうち、集団分析を行ったのは75.4%(前年69.2%)。その中で分析結果を活用した事業所の割合は76.8%(前年78.0%)で、分析をするようにはなった。結果で何かを動かした割合は、減っています。

同じ調査の労働者調査では、今の仕事や職業生活に関する強い不安・悩み・ストレスがある労働者の割合は68.3%でした。

出典:厚生労働省「令和6年労働安全衛生調査(実態調査)」

https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r06-46-50b.html

出典:労働政策研究・研修機構「メンタルヘルス対策に取り組む事業所割合は63%」

https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2025/10/kokunai_04.html

制度そのものは進んでいます。「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」(令和7年法律第33号)が2025年5月14日に公布され、これまで努力義務だった50人未満の事業場にもストレスチェックを義務化することになりました。施行日は令和10年(2028年)4月1日です。

出典:厚生労働省「ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策」

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/index.html

出典:厚生労働省「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律の概要」

https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/001543076.pdf

測る側の制度は進んだ。結果を「誰を配置し直す」という判断につなげる側の制度は、まだ言葉になっていません。測定が済んだ時点で、目標を達成した扱いになる現場があります。

数字に残らないコスト

精神障害の労災認定は、令和6年度で支給決定1,055件と、初の1,000件超え。請求件数は3,780件で、いずれも過去最高です。6年連続の増加で、原因別の首位は「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」の224件でした。

出典:厚生労働省「過労死等の労災補償状況」(令和6年度、2025年6月25日公表)

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_59039.html

1,055件という数字は、被害の全体から見れば小さな数字かもしれません。ただしこれは「認定を受けた分」です。通報を諦めた分、認知されなかった分、法的な救済を得られなかった分が別の形で積み上がっていて、この数には入っていません。

つまり制度の統計は、被害の大きさを下からしか数えていません。だから件数が増えても、制度が動く理由にはなりません。

見えにくい負担は何か

数字に出ない負担を、五つに分けておきます。

一つ目:「あった」こと自体の費用

出勤した事実は、出勤日数としては終わらない。

  • 翌週の集中力の低下、睡眠の質の低下
  • 判断力の低下による事故やミス、自分への疑い
  • 受診と、診断名を生活の中に持ち越すこと

社会コストとして、給料カードには載りません。生産性の低下としてだけ数えられ、家計の支出には見えません。

二つ目:相談にかかる費用

相談をためらうこと自体に、コストが乗ります。

  • 相談のための時間。勤務中なら減収になります
  • 相談した記憶が反芻されること
  • 「相談しても無駄だった」という結果を自分で処理すること
  • 相談が受け止められなかったことを、周囲に共有される不安

これは被害が繰り返されるほど「相談しても解決にならない」という予測が強くなり、被害そのものを深くする方向に働きます。

三つ目:公式な権限のない人への対応費用

公式な権限はないのに、非公式な力を持つ人がいます。

この人は、後輩に対して実質的な影響力を持っています。

  • 出勤評価や情報の配分に、事実上のアクセスを持っている
  • 争いの当事者に立つと、こちら側に不都合な結果が残される
  • 潜在的な加害として、無償の労働の要求や成果の横取り、「冗談の皮”被り

これは公式の枠では受け止められません。相談の宛先も決まっていません。

四つ目:対人関係が悪いと、選べる雇用が減る

「他に行ける」人がいれば、加害者への恐怖は限定的に収まります。けれど「他に行けない」人には、その恐怖はそのまま残ります。

行き先が選べるかどうかが、本人の所得と家庭の状況に左右されるなら、対人関係の負荷と所得の低さは、別々の問題ではなくなります。

五つ目:測れないことの費用

制度は、測れるものに応えます。

測定結果が具体的な数字として出ない領域は、是正の理由を作りにくい。相談件数は出ますが、心理的に安全に過ごせるかどうかは数字になりません。だから、心理的に追い詰められた人たちは、社会全体の構成として数えられないまま残ります。

誰が負担しているか

制度を書くと、必ず「誰が得をするか」「誰が損をするか」を書けます。新社会の基本原則の原則2です。

ただ、ここではもう一つ、課された負担を具体的に書いておきます。

  • 被害を受けて相談した側:収入、自由な時間、記憶の後遺
  • 被害を放置している組織:解決しない状態のまま、同じコストが積み重なる
  • 加害の構造を見逃している管理層:判断を保留することによる責任と、後に問題化するリスク
  • 周囲の労働者:被害の空気があると、自分の置かれた状況を測りにくくなる
  • 雇用の不安定な側(非正規、派遣、請負、家計支柱の自営業など):乗り換えのコストが高いほど、被害の影響が残る
  • 税金で社会制度を支える側:制度を維持するための公費

新社会では、ここで一つだけ明確にします。

この負担は、個人の言い訳で説明できるものではありません。制度設計の欠落から生まれています。

「自分の態度を強くする」「自分から意思を伝える」「嫌なら辞めればいい」——これは、負担を当事人へ移動しているだけです。制度は、その移動を止めるためにあります。

現在の制度のメリット

現在の制度には、がっかりというほどの労働保護の実績があります。ゼロから語り直すつもりはありません。

  • 法定労働時間の上限と、時間外労働の上限規制(2019年導入、中小企業分は2020年):月45時間・年360時間を原則の天井として設けました
  • 年次有給休暇の取得率の上昇:働き方改革の後、取得率は上がり続けています
  • 労使間の制度:36協定、団体交渉。平和的な関係と、法人格のある枠組みが続いています
  • ハラスメント対策の法制化:パワハラ防止法、カスタマーハラスメント対策(2026年10月1日から全事業主の義務)、就活セクハラ防止
  • ストレスチェックの全事業場義務化(改正労働安全衛生法、2028年4月1日施行)
  • 最低賃金と最低保障:賃金の下限を社会が設定しています
  • 働き方改革関連法(2019年):時間外労働の上限、年次有給休暇の取得促進、保育施設の受け入れ拡大

出典:厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析」第Ⅰ部第3章

https://www.mhlw.go.jp/stf/hakusyo/roudou/24/1-3.html

出典:厚生労働省「労働時間・休日」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/index.html

出典:厚生労働省 Webマガジン「従業員を守るために ― カスタマーハラスメント対策の新ルール」(2026年8月20日)

https://www.mhlw.go.jp/web_magazine/series/20260820.html

この中のどれを壊すつもりもありません。

問題は、制度がないことではありません。問題は、その制度が「加害者と被害者が同じ組織内にいる」という状況を設計していないことです。

現在の制度の問題点

問題1:相談窓口の置き方が、「解決しない」前提で設計されている

多くの職場で、問題が起きたときの想定手順はこうです。

  • 上司(または人事)に相談する
  • あるいは「本人同士で解決する」
  • 最後の手段として退職する

相談先は通常、加害者と同じ部門にあります。相談内容が加害者に伝わり、通報者が睨まれる側に置かれる。これは、被害の発生源と、被害を支援する仕組みが同じ場所に置かれた設計です。

解決しない相談窓口ほど、被害を深くするものは少ない。

さらに深いのは、窓口が組織の中にあるという事実です。被害の発生源、判断する側、記録が残る場所が、すべて社内で完結している。 設計として壊れているのは、ここです。

問題1の深層:人格の特性と、制度の欠陥の混同

ここで、もう少し切り分けておきたいことがあります。

上司や先輩から攻撃的な言動を向けられる場面では、パーソナリティ障害、とくに自己愛性の傾向を持つ人との関係が原因だという説明がされます。

実際には、二つのことが同時に起きていることがよくあります。

一つ目は、相手側の特性です。評価に敏感な人の場合、批判や拒否を、個人への攻撃に置き換えて出してきます。些細な出来事が、意図的な言動ではなく自然な現象に見えることもあります。

もう一つ目は、その特性が制度の中で増幅されることです。

  • 相談の内容が、加害者に説明を求める経路を通る
  • 経営層は被害を認識していても、残したい関係があるため動かない
  • 被害者は相談の結果を予想して、通報を諦める
  • その結果、退職するか、心身が壊れるかのどちらかになる

つまり、加害の性質そのものは制度で解決できるものではありません。けれど、それが収まる枠組みの有無は、制度で設計できます。

軸を、制度側に置きます。症状を人格側に置きません。

軸がずれると、社会は「その人が悪い」という結論で終わり、制度は何も変えません。人格を診断して当人を特定して扱うことは、現実にはできません。診断名が書かれれば、本人はさらに孤立します。

問題2:「お局」型の支配に対応する制度側の手段がない

公式な権限はないのに、非公式な力を持つ古参社員。現場ではお局、とよく話題になります。

  • 上司から直接ではなく、部門をまたいで割り込む
  • 情報の配分を、自分の都合で組み立てる
  • 後輩の仕事の成果を、自分の業績の材料にする
  • 無償の労働や材料費を、名目だけで後輩から出す
  • 後輩の性格を「気がきく」「素直」という言葉で評価する
  • 長い期間勤めたことで得た周囲からの信頼を、単独で握る

これは、公式の枠組みにない支配の形です。権力がある人は批判できません。批判できない人は、通報する先がありません。 制度層には、この領域に対する手当がほとんどありません。

問題3:測れないので、是正もされない

心理的安全性が測定されないから、是正できません。

心理的安全性は、測定できる尺度があります。O’Donovanら(2020)が作った尺度の日本語版で、リーダー、同僚、チーム全体の三つのセクション、計19項目です。研究目的での利用は無償、商用利用は研究者への連絡が必要です。

出典:東京大学大学院医学系研究科「職場の心理的安全性尺度」

https://mhpn.m.u-tokyo.ac.jp/rs/measure-of-psychological-safety

スケールがあることは、測れるということです。数字で示せます。

けれど、法律上の義務ではありません。 実施は任意です。だから、多くの現場では測られていません。

その傍証は、別の統計に出ています。リクルート「入社意識調査2025」(25卒の研修受講者を対象)では、「就職先を選ぶうえで重視していたもの」の1位が「職場の人間関係が良い」(39.4%)、次いで「自分らしく働ける」(35.8%)でした。

出典:HRプロ「Z世代新入社員の特徴と心理的安全性」

https://www.hrpro.co.jp/keiei/articles/news/3607

新入社員だけの調査なので、就業者全体の意識,不代表である点には注意が必要です。

数字がなければ、制度を動かす理由ができません。数字の枠組みがなければ、「風通しの良い職場にする」は具体的な行動につながりません。

問題4:解決できないことを、制度がそのまま放置する

解決しない状態を「解決したことにする」慣行が続くと、内部に監視基準が生まれます。

被害者は攻撃できません。制度は攻撃を待っている。

これは、個人の強さの欠如ではなく、制度の欠如です。

問題5:破綻までの間に、途切れる補償がない

パワハラでも、いじめでも、精神障害の労災認定を受け取るまでには時間がかかります。認定、給付、再審査という手続きを踏みます。

また、退職を強いられた場合、その負担は長期的・高額・年単位に及びます。

合理的に設計するには、ハラスメント被害とコストに関するデータが足りません。そのデータの穴が、被害の重大さを制度として計画できなくしている。

別の設計案

このページでは、新社会の基本原則の原則7に沿って、複数の設計案を並列に扱います。どれか一つが正解、という書き方はしません。

案A労働時間を「時間単位契約」に組み替える
  • 労働者は、週の労働時間を自分で決める(下限と上限をつける)
  • 働いた時間分を、賃金として支払う
  • 所定労働時間を超えた分には、「密度手当」(時間帯や忙しさに応じて上乗せする額)を別枠で置く
  • 働かなかった時間は、賃金の代わりに貯めて、「時間割れ」(有給とは別の制度)として引き出せる

働いた時間を自分で決める、という考え方を制度の中心に置くモデルです。

案B対人関係の被害を、組織の外に出口を作る

現行の「上司・社内窓口」だけを入口にしない。具体的な制度を並べます。

#### 1)第三者機関への直接通報経路

  • 雇用主から完全に独立した「労働安全委員会」を置く
  • 労働者はその窓口へ直接通報できる。匿名でもよい
  • 通報を受けた側が、聞き取りと現場確認を直接行う。加害者に内容を確認してから報告する、という手順を標準にしない
  • 委員会が、配置変更や賃金に関する措置を決められるようにする

現行法(労働施策総合推進法第30条の2)は相談体制の設置を義務づけていますが、通報先が使用者から完全に独立している保証はありません。だから解決が内側に残留してしまう。出口を外部に置くことが、この設計の本体です。

#### 2)通報した側への不利益取扱の禁止

  • 通報を理由とする解雇、減給、配置転換、契約更新の拒否は、法律上の罰則つきで禁止する
  • 会社側の対応には期限(仮定:30日)を設ける。期限までに動かなかった場合は、委員会が代行して判断する

#### 3)関係者を分離するローテーション

  • 被害の事実が確認された場合、当事者同士の直接接触を止めるため、一定期間の別部署への配置を原則とする
  • 期限は仮定として6か月まで。収入差は補填する
  • 「無実な加害者」の扱いを、別途の基準で用意する

#### 4)心理的安全性の定期測定

  • 年1回(仮定)、匿名で心理的安全性を測定する
  • 結果は部署単位で集計し、個人単位は公開しない
  • 連続して下位10%(仮定)に入る部署には、組織再編の検討を義務づける

測るだけでは足りません。測った結果を、人を配置し直す判断に結びつけることが、この制度の中身です。

#### 5)相談を外部へ切り替える

  • 最初の相談を、上司ではなく独立窓口にする
  • 通報の記録が、社内の人事評価に見える形で残らないようにする
案C雇用の単位を「期間」から「役割」へ変える
  • 雇用契約の軸を「期間雇用の更新軸」から「役割ごとに契約する」単位へ移す
  • 企業内に、使用者による仕事評価と、被雇用者による上司の労働環境評価を並置する
  • 心理的安全性の測定結果を、上司の評価要素に組み込む
  • 「成果評価」と「環境評価」を別枠にし、どちらか一方が基準を下回ると、責任者に報奨を出さない
案D働かない時間を、正のものとして扱う
  • 働くことそのものを任意とし、「働かない選択」を選択肢のなかに入れる
  • 働かないことを理由に、社会保険の給付や税上の優遇で不利にならないようにする

別の設計案の副作用

代替案には、必ず副作用があります。

良いことだけ書いた案は、設計案ではなく PR 稿です。

案Aの副作用

  • 時間単位契約は、収入の不安定を時間軸に移します。 自分で時間を決められる自由は、収入の「最悪の月」の不安定とセットです。働かない週から得る収入の緩衝がないままでは、自由だけが残ります。
  • 社会保険の加入条件との整合が要ります。 週の労働時間の下に回ると、健康保険・年金・雇用保険の要件を満たさない場合があります。自分で選べても、加入要件を満たさない状態になると、戻すのが大変です。
  • 貯めた時間は、貯められる人に効く制度です。 時間に余裕のある人には有利に働きます。原則2の「負担は必ず誰かに」をここに当てると、時間を貯められない人に負担が集中する構造になります。
  • 「自分で選ぶ」が管理に変わる可能性があります。 選べることが実質になるには、選ばないことを責めないことが前提です。裁量と管理が、一歩で入れ替わるという危険があります。

案Bの副作用

  • 独立機関に権限も財源もなければ、通報は箱に投函されるだけです。 独立性を名乗るだけでなく、配置変更の決定権と執行の手段を渡さないと機能しません。委員を置くだけだと、意見を書面で交換しているだけになります。
  • 心理安全性の測定は、監視に転用されます。 測る尺度は別の目的でも使い得ます。結果を誰が、いつ、どこに公開するかを先に決めないと、測定は新たな負担になります。
  • 関係者の分離には、無実な加害者という被害者が生まれます。 対象が本当に加害者だったとは限らない。心理的安全性の低い部署を丸ごと分離すると、別の種類の差別になります。 この基準を粗くすると、案B 自体が被害を広げてしまいます。
  • 分離される側に、収入減と生活の変化が及びます。 加害者でも被害者でもない人が、制度のために負担を強いられる。これは、案B が常に抱えている構図です。

案Cの副作用

  • 「上司を評価する制度」は、マネジメントの萎縮を起こす可能性があります。 上司が評価を意識しすぎて、言いたいことを飲み込む人が出てきます。心理的安全性が、実害を受ける可能性があります。
  • 評価される側の動機が弱いと、形式的な評価になりがちです。 何を聞かれればよいのか、誰の意見として聞くのか。評価制度は、運用の詰めを最初に必要とします。
  • 心理安全性の項目を評価に組み込むと、測定が形骸化します。 改善の代わりに、得点だけ上げることに集中します。心理的に安全な組織を目指しているのに、点数だけを上げる方向に動きます。

案Dの副作用

  • 働かない人に所得を渡すなら、誰の所得が減るか。 原則2の話です。財源が誰から来るのかが分からないままでは、制度は安全になりません。
  • 「働かなくてよい社会」は、経済の原動力を削ぐ可能性があります。 生産が停滞すれば、所得そのものが消えます。保障の財源は所得からしか出ないので、所得が減れば保障も減ります。悪循環が成立します。
  • 働きたくないのに働かざるを得ない人には、この制度は何の助けにもなりません。 むしろ「選べなかった人」をさらに不可視にします。

全案を通じて変わらない問題

独立を名乗るだけの場所に、通報者は行かない。

外部機関、独立窓口、独立の評価制度。どれにも財源と、独立を維持するための人事の工夫が要ります。揃わないかぎり、「頼る相手がいない人」の相談先は、投函箱にすぎません。

提案新社会ではどう設計するか

新社会の基本原則に照らして、仮定を置きます。現実の推計値ではなく、こう設計するならという置き方です。

仮定:設計の数字

  • 週の労働時間の上限 40時間(法定と同じ。ただし超えるには手当の明示と本人の同意を要するとします)
  • 基準時給 1,300円(仮定。2026年度最低賃金の全国加重平均1,177円の少し上に置いています)
  • 手当は4区分——新任・判断・育成・危険(仮定)
  • 賞与は会社分70%+個人評価30%(仮定。比率そのものは未検証です)
  • 心理的安全性の測定は年2回(仮定)
  • 労働安全委員会の費用は、雇用規模に応じた按分(仮定。財源の作り方は未解決)

原則1:いちばん条件が厳しい人を基準にする

この原則を労働に置くと、基準線は一点に決まります。

「雇用区分が一番弱い位置にいる人」を基準にする。

同じ仕事をしていても、アルバイト・非正規・正規という区分があるだけで、賞与・昇給・雇用の安定性に差がつく今の構造は、その最も弱い位置にいる人に対して設計されていません。だから 新社会では、区分そのものを消します。

原則2:負担は、必ず誰かにかかる

新設計が持つ負担を明記します。仮定です。

  • 企業の保険料が非正規から正規へ移るため、人件費が増える
  • 高所得者の税率を引き上げるなら、高所得者の可処分所得が減る
  • 給与所得の税を引き上げるなら、労働の手取りが減る
  • 「働かない人に保障を出す」なら、その財源は働く人から取ることになる

どれを選ぶかは未解決です。

原則3:現在と未来、どちらか一方を犠牲にしない

時間を選ぶ設計だと、現在の安定と将来の柔軟のどちらかを先に取ることになります。

  • 週40時間を固定して所得を安定させるなら、異業種への移動は難しくなります
  • 時間を選べるようにするなら、収入の見通しは月単位で消えます

年金の財源は、現役世代が先払いをしています。安定雇用を厚くすると、その先払いが増えます。「現在の世代が過度に切り詰めることが、本当に次の世代の幸福につながるのか」——この問いは、働くの設計でも解けません。

原則4:一つの制度は、他の制度とつながっている

賃金の体系を変えると、他のすべてが変わります。

  • 税収が変わります。雇用区分ごとに違う社会保険の扱いと、給与所得控除の前提が変わります
  • 年金の「第1号被保険者」の要件が変わります
  • 雇用保険の給付日数の考え方が変わります
  • 企業が季節や繁閑の変動をどう吸収するかで、下請や業務委託など社外への依存の度合いが変わります

原則5:別のやり方には、別の副作用がある

採用案の副作用は、次の節で併記します。「これなら解決」ではない、という前提です。

このページでもっとも大きな副作用は、評価制度の設計コストと収入の不安定さです。以下で詳しく書きます。

原則6:事実と、まだわからないことを混ぜない

ここに置いた数字はすべて仮定です。現実の制度設計の数字ではありません。

一方、「現在の社会ではどうなっているか」の統計はすべて出典つきの事実です。年度が混在しているので、各項目に時期を書いています。

原則7:唯一の正解を作らない

雇用区分の撤廃と対人関係の外部出口は、新社会が採用する設計として書きます。

これは「この案しかない」という意味ではありません。案Aの時間単位契約、案Cの役割契約、案Dの非労働の承認は、それぞれ別の軸で成立し得ます。組み合わせの設計は、読者に委ねます。


採用する設計1:賃金体系を単一にする(時給+手当+賞与)

アルバイト・非正規・正規という雇用区分を、新社会では作りません。

賃金は三段構えに一本化します。

  • 時給——実際に働いた時間に対して支払う額
  • 手当——職務内容と責任範囲に応じて別に払う額(新任・判断・育成・危険の4区分。仮定)
  • 賞与——会社全体の成果と本人への評価の組合せで決める額(仮定:会社分70%、個人評価30%)

同じ内容の仕事を、同じ基準で評価されれば、雇用区分の名前によって差がつくことはありません。

#### 採用理由

ひとつは構造の不正です。同じ仕事をしていても、雇用区分だけで賞与・昇給・安定性に差がつく。 それは仕事の難度でも、能力でも、本人の努力の度合いでもありません。ラベルです。

もうひとつは、原則1への適合です。非正規の位置にいる人が、いちばん弱い基準線に立つ。 制度をその位置から設計すれば、他の人については例外扱いの範囲が狭まります。最初から最も弱い人を前提にしません。

#### これを導入すると何が起きるか

メリットだけ書いて終わる設計は、設計ではありません。

企業の人件費予測は、立てやすくなり、立てにくくなる。

立てやすい側を先に。給与計算が「時間×単価+手当」になります。雇用区分の違いに起因する給与調整(在職中に雇用形態を変える、等)を要らなくなります。繁忙期と閑散期の差が数字にそのまま出ます。必要な時間を見積もれば、それで人件費が出ます。

立てにくい側もあります。雇用区分による安い調整弁が消えます。今、非正規は需要の落ち込みの調節弁として使われてきました。単一体系にすると、短期で人をまわすのに雇用区分がありません。「今週だけ頼みたい」を、請負契約や業務委託で書く必要があります。契約の外側へ出た需要が、雇主の緩衝材として同じ役割を負わされます。誰の負担に移るかを先に数えなければなりません。

評価制度の設計コストは、跳ね上がる。

単一体系で難しくなるのは、「その人が何をしたか」を記録する仕組みです。今は雇用区分ごとに「評価してよい人」が決まっているので、少ない人数で完結しました。統一すると、全員について、役割ごとに、基準を合わせる必要があります。

前提となるのは、職務記述(仕事の中身)と技能の切り分けです。役割をまだ仮置きしている組織では、この整理ができません。評価者そのものを教育するコスト、記録を取り直すコストが要ります。たぶん数年は、賞与額が変わる理由の説明に対応できません。

正社員的な安定雇用を求める人には、影響が出る。

求職行動の一部は「正規雇用」という前提で組み立てられています。その前提が立つ人、時間制の設計からは外れてしまいます。

そして、その安定枠が薄くなる可能性もある。単一体系でも「長く勤めていることを保障する」仕組みを入れなければ、雇用継続への要求は無視されます。制度として、別の枠を設計します。

時給制は、不安たちを新たに生みます。

週の労働時間を自分で選べる設計(案A)と組み合わせた場合は、収入が月ごとに大きく振れます。最悪の月を緩衝する「最低保障月給」は、設計が難しい。「働かない月」をどう定義するか、どの範囲の人に適用するかを決めないと、基準が書けません。

さらに、退職すると年金も健康保険も止まります。時間制の契約に、社会保険の加入要件だけを外すと、保障が切れた状態で働きます。保障の設計を、賃金の設計の後ろに置いてはいけません。

採用する設計2:労働時間を、時間割れと上限で組み替える

案A を採用します。ただし自由の側に、下限と上限を入れます。

  • 週の労働時間は自分で決める(下限・上限をつける。仮定:週20時間を下限とする)
  • 所定労働時間を超えた分は「密度手当」として別枠で払う
  • 働かなかった時間は貯めて、「時間割れ」(有給とは別枠)として引き出せる
  • 時間割れの使い切りは、一人で務められなくなった時の保障に必ず使う

この設計の本体は、「働かない時間を、損ではない時間として扱わない」ことです。

採用する設計3:対人関係の被害に、組織の外へ出口を置く

案B の五つを、新社会の制度として採用します。理由は単純です——加害者と被害者が同じ組織内にいる状態は、解決できない構造だからです。 他の設計を排除するものではなく、採用の判断記録です。

  • 第三者機関への直接通報経路:使用者から完全に独立した「労働安全委員会」を置き、労働者が直接通報できるようにする(匿名可)。聞き取りと現場確認は委員会側が行う。加害者に内容を確認してから報告する、という手順を標準にしない。委員会が配置変更や賃金に関する措置を決められるようにする
  • 通報者への不利益取扱の禁止:通報を理由とする解雇・減給・配置転換・契約更新の拒否に罰則をつける。会社側の対応に期限(仮定:30日)を置き、期限までに動かなければ委員会が代行判断する
  • 当事者の分離ローテーション:被害の事実が確認された場合、直接接触を止めるため一定期間の別部署配置を原則とする(仮定:6か月まで。収入差は補填)。「無実の加害者」の扱いを別途の基準で用意する
  • 心理的安全性の定期測定:年2回(仮定)、匿名で測定する。結果は部署単位で集計し、個人単位は公開しない。下位10%(仮定)が続く部署には組織再編の検討を義務づける
  • 最初の相談を外部窓口にする:上司ではなく独立窓口を既定にする。通報記録が社内の人事評価に見える形で残らないようにする

採用する設計4:非公式な権力を、制度の側で名指しして扱う

「お局」型への対策は、設計4で扱います。制度として提起する判断です。

非公式な影響力を持つ人を、把握の対象から外さない。見えるものにします。問題視するだけでは変わらないので、測って記録することを制度にします。

  • 情報経路の明示:誰がどの情報を持っているかを、人事制度として記録する。情報の受け渡しが特定の個人に依存している状態は、監査の対象にする
  • 評価理由の開示:人事評価・配置決定・給与決定の根拠を、本人に開示する(仮定:開示できる範囲の書面で可)。理由が説明できない人事の動きは、正当化できません
  • 心理安全性の評価反映:心理安全性の測定結果を、上司の評価要素に組み込む。成果評価と環境評価を別枠にし、どちらか一方が基準を下回ると、責任者に報奨を出さない
  • 非公式影響の定点確認:年1回(仮定)、匿名で「直属の上司以外の誰から情報を得る必要があるか」を質問する。回答が特定の人に集中していれば、その人が情報独占を握っています
  • 同一部署の長期固定の回避:同じ管理チームに5年以上いる場合(仮定)、人事側の理由なしで異動の対象にする。信頼が固定化されると、権力が定着します
  • 試用期間中のピア・フィードバック:採用時の性格検査や適性検査で「将来どんな人物になるか」を予測することはしない(科学的に妥当性がなく、診断名や特性を理由にした選別は原則1に反する)。代わりに、試用期間(仮定:3〜6か月)中、一緒に働く複数人から対人関係についての匿名フィードバックを定期的に集める。お局型の支配構造は、たいてい入社時にはわからず、時間をかけて権力を蓄積するため、一時点の検査より、時間をかけた行動観察のほうが実際に機能する。測るのは「診断名になりうるか」ではなく「実際にどう振る舞っているか」
  • 心理的安全性の個人単位パターン検知:設計3の心理的安全性の定期測定を、部署単位の集計だけでなく、特定の人が関わるチームで数値が繰り返し下がるという再発パターンも検知できるようにする(個人の特定は、パターンが繰り返し確認された場合のみ、委員会が判断する)

情報開示を制度に組み込むことが、この設計の中心です。 評価の理由を説明できる枠組みの中では、非公式な権力は自然に削がれていきます。逆に、理由を説明しないまま評価が決まる枠組みは、隠れた力を許します。

採用案が抱えている副作用(まとめ)

採用案にも、解決しない問題が残ります。原則5です。

  • 評価制度の作り込みに、数年かかる。 賃金を一本化する前提として、役割分類まで書き直す必要が不可避です。その過渡期には、旧枠組みと新枠組みが二重に走ります。運用をどうするか
  • 雇用の安定感が下がる。 区別がない代わりに、保証を維持するルールも要る。そのルールを外さないこと
  • 一時的な労働需要を、請負や業務委託に逃がす。 雇用区分の消えた分だけ、契約の外側に出た需要が動きます。誰の負担に移るか
  • 心理安全性の測定は、監視に転用される。 結果を誰が、いつ、どこに公開するかを先に決めない限り、測定は新たな負担として追加される
  • 外部の独立機関に決定権がなければ、通報は箱に投函されるだけになる(案Bの副作用と共通)
  • 地位は消えても、影響力は残る。 制度は公式の枠組みでしか人を動かせない

他の制度への影響

お金と生活との動線

給与所得控除という制度が前提を失います。 日本の所得税は、給与所得については給与所得控除後の金額に税率を掛けます。単一の賃金体系でも給与所得の扱いは残りますが、手当と賞与を分けることで控除の扱いが変わります。

社会保険の加入要件が変わります。 週の労働時間を条件とする加入要件が、収入の計算の前提になります。

「年収の壁」も変わります。 現在の「年収の壁」は、勤務継続が一定期間を超えると社会保険の加入義務が生じるという規定から生まれています。時間単位契約では、この要件の意味が変わります。

AIと仕事との動線

単一の賃金体系は、タスク単位の取引と整合しやすい。 雇用区分がないと、特定の内容だけの取引が容易になります。

ただ、これは裏返りでもあります。

AIが担ったとき、誰が残るのか。 時間単位契約なら、仕事を担わなくなった時間を収入から差し引けます。給与契約なら、働く側の所得が減ったまま、雇用の固定だけが残ります。

技術的な能力と、社会的な能力は別です。 時間制の設計で対人関係の設計を補強するなら、時間を自由にしたぶんだけ、何を諦めるかという判断が要ります。

社会保障との動線

  • 雇用保険の「雇用されていた期間」の定義が変わります。時間数ではなく期間として数えるなら、時間制との整合が要ります
  • 年金の「第1号被保険者」の要件が変わります。現在の「週所定労働時間30時間以上」という要件は、単一体系の労働時間の扱いと直接結びついています
  • 最低保障額の設定が変わります。時間制にすると、収入が月によって大きく動きます。社会保障の設計は「一か月いくら円」を前提に組み立てられているので、そことの整合が変わります
  • 生活保護。時間制で収入が月によって変わるなら、収入認定の期間単位が変わります

住居・食料への波及

収入の不安定さは、住居に直結します。 家賃は毎月一定額を支払います。収入が乱れると負担が先に来ます。社会保障が途切れていなくても、家賃の支払いは止まりません。

「自分で選ぶ時間」「働いた時間」「安全に暮らせる時間」の三つは、連動した一つの設計です。一つだけ変えると破綻します。

未解決問題

まだ答えが出ないことを、隠さず書いておきます。

  • 単一賃金体系における役割分類。 「手当4区分(新任・判断・育成・危険)」は仮定です。4つで足りるか、もっと増えるか。この分類が誤っていれば、制度が組み変わります
  • 一時的な労働需要を、どこに書くか。 雇用区分の撤廃のあと、「今週だけ」を請負で書く方便に需要が向かうか。請負契約の規制をどうするか
  • 評価制度を、いつまでに作るか。 賃金体系の一本化を先に行くと、役割分類が終わるまでの数年間、旧枠組みと新枠組みが二重に走ります。その過渡期をどう運用するか
  • 有給の扱いを、新しい枠組みでどう再定義するか。 有給税制(有期無給)と「時間割れ」の関係は、両者並立か完全置換か
  • 心理安全性の測定結果を、外部機関にどこまで渡すか。 部署単位で集めた数字を渡した結果、外部機関が人員配置に介入する権限を得るのか。それとも公表するだけか
  • 「無実の加害者」を作らないための基準。 独立機関にも、仲裁機関にも、この基準が要る。基準が粗いと、制度自体が被害を広げる
  • 雇用の安定と、時給制の不安定さを、どこで加減するか。 最低保障月収を制度で置くなら、その財源は誰から来るのか。置かないなら、時間制の賃金の下支えが誰にもない
  • 評価制度が性別・出自によって非中立に働かないか。 「気がきく」「素直」といった非公式な評価の語彙が、時間制の中で誰に有利に働くか。これらは数字で確かめにくい
  • 心理安全性の尺度を、どこまで公開するか。 誰に何を見せるかを決めないと、測定は評価別途になり、本人が不利になります
  • AIと仕事の線。 AIが置き換えた仕事の分の扱い。時間契約なら収入から差し引けます。社会的な再配置の原資をどこに置くか

関連ページ

  • お金と生活 —— 賃金が変わると、税と社会保険料の動線が変わる
  • AIと仕事 —— 単一の賃金体系がAI時代とどう噛み合うか
  • 社会保障 —— 時間単位労働が雇用保険・年金の要件をどう変えるか
  • 幸福とは何か —— 「働く自由と働かない自由の両方」「関係の中に孤独から距離を置く自由」
  • 新社会とは —— この設計図の全体像
  • 新社会の基本原則 —— このページの判断基準