社会保障
方針の変更(2026年10月):生活保護は廃止し、ベーシックインカムに置き換える方針にしました。新しい設計はベーシックインカムのページに書いています。このページの現状の分析と、年金・雇用保険の整理は、参考としてそのまま残しています。
社会保障は、他のどの制度とも違うところにあります。
お金を受け取るたびに、誰かの中身が削れていっています。ただ、その「誰か」が誰なのかが見えないため、社会保障の話はいつも途中で終わります。「助けられて当然だ」「逆に多すぎる」の二択で、それ以外の考え方がないことになっています。
新社会では、その二択の外側まで開けて、中身を確かめていきます。
何を解決したいのか
社会保障で最初に解きたいのは、一つのことです。
収入が途切れたときに、落ちる場所がない設計を、どの程度まで用意できるか。
社会保障の予算規模の話ではありません。「基準を下回った人」が落ちたあとどうなるか、という問いです。
今の日本の社会保障は、世帯ごとの「生活基準」を決めて、その基準との差額を埋める方式です。申請をして、面談をして、必要な額を出す。
この方式が抱えている問題は、一文で書けます。
「申請しに来なかった人」と「申請したが落ちた人」が、制度の外に静かに積み上がっている。
制度を設計するときに必要なのは、平均的な人ではなく、いちばん危険な位置にいる人が制度の中に収まるかを確認することです。年間所得の平均で組むと、平均から外れた人が落ちます。
現在の社会ではどうなっているか
ここからは事実の話です。出典を明示します。すべて公表時点の数字です。
社会保障は「一つの制度」ではありません。対象とする状況によって、別の制度が並んでいます。
| 制度 | 典型的な対象 | 主な財源 |
|---|---|---|
| 生活保護 | 所得が基準を下回り、要件を満たす世帯 | 税 |
| 国民年金 | 20歳以上の全員(学生などは除く) | 保険料+税 |
| 厚生年金 | 正社員など、一定期間の雇用 | 保険料+税 |
| 雇用保険(基本手当) | 雇用保険に加入していた人が離職 | 保険料 |
| 医療保険(国民健康保険・健康保険) | すべての人 | 保険料+税 |
| 介護保険 | 40歳以上 | 保険料+税 |
| 児童手当・子育て給付 | 子どもがいる人 | 税 |
七つの制度が、それぞれ別の所得要件、異なる申請先、異なる定義を持っています。まず三つを取り上げます。
生活保護:制度としては機能している
令和6年度(2024年度)の確定値です。令和7年度の確定値は2026年9月末時点でまだ公表されていません。
- 一か月平均の被保護実人員は 2,008,061人。保護率(人口100人対)は 1.62%
- 実世帯数は 1,650,674世帯
より新しいのは毎月公表される概数です。令和8年6月分では、被保護実人員 1,969,502人、保護率 1.60%、被保護実世帯数 1,642,778世帯。実人員は前年同月比で18,995人(1.0%)減り、実世帯数も2,424世帯(0.1%)減っています。確定値と概数を混ぜず、どちらの数字かも明示して書いています。
出典:厚生労働省『生活保護の被保護者調査(令和6年度確定値)』
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hihogosya/m2025/dl/r06houdou.pdf
出典:厚生労働省『令和8年6月分 被保護者調査(概数)』
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hihogosya/m2026/dl/06-01.pdf
世帯類型から、構造が見えてきます。
- 高齢者世帯 55.2%(908,629世帯)
- 単身世帯 51.3%(842,743世帯)
- 障害者・傷病者世帯 25.1%(412,849世帯)
- 母子世帯 3.8%(62,176世帯)
同じ出典(令和6年度確定値)から。
半分以上が単身世帯、四分の一が障害者・傷病者世帯。社会保障の中心にあるのは「家族が揃った世帯」ではありません。
生活保護の水準
最低生活保障水準の例です。令和7年4月1日現在。生活扶助に住宅扶助の上限を合わせた額になります。
| 世帯の型 | 1級地-1(東京都区部) | 3級地-2 |
|---|---|---|
| 高齢者単身世帯(68歳) | 131,680円 | 100,450円 |
| 高齢者夫婦世帯(68歳、65歳) | 186,460円 | 146,720円 |
| 三人世帯(33歳、29歳、4歳) | 234,660円 | 187,870円 |
| 母子三人世帯(30歳、4歳、2歳) | 266,020円 | 216,800円 |
出典:厚生労働省『生活保護制度の概要等について』
https://www.mhlw.go.jp/content/12002000/001508773.pdf
東京都区部の高齢者単身世帯で月13万円ちょっと。三人世帯で23万円。「最低限の生活費」として設計された額です。
基準額は毎年動いています。令和7年10月からは一人あたり1,500円の特例加算が加わり、減額となる世帯は従前額が保障されます。令和8年10月からの1年間は、その特例加算を1,000円引き上げ一人あたり2,500円とします。従前額保障は継続です。財政影響は約110億円と見積もられています。
ここで注意しておきたいのは、令和8年度の見直しが特例加算の引き上げに限られ、令和4年の基準部会の検証結果の反映ではないことです。検証結果の反映は令和9年度以降の予算編成過程での検討事項とされています。つまり基準の根拠そのものは、まだ整理中出现ません。
出典:厚生労働省『令和5年度以降の生活扶助基準の見直しについて』
https://www.mhlw.go.jp/content/12002000/001507600.pdf
出典:厚生労働省『令和8年度生活扶助基準の見直しについて』(第55回社会保障審議会生活保護基準部会、令和8年7月27日)
https://www.mhlw.go.jp/content/12002000/001662704.pdf
雇用保険:加入者のための保険
雇用保険は、加入していた人が離職するときに給付を受ける制度です。
基本手当日額の上限は、令和8年8月1日改定後で次のとおりです。毎年、平均給与額の動きに合わせて改定されます。
- 29歳以下 7,450円(+195円)
- 30〜44歳 8,270円(+215円)
- 45〜59歳 9,110円(+240円)
- 60〜64歳 7,830円(+207円)
- 下限額は全年齢共通で 2,562円(+151円)
上一次の改定は令和7年8月1日。そのときの上限は7,255円・8,055円・8,870円・7,623円、下限は2,411円でした。一年で2〜3%ずつ上がっています。
出典:厚生労働省『雇用保険の基本手当日額の変更~令和8年8月1日から~』
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_74837.html
出典:厚生労働省『令和8年8月1日からの基本手当日額等の適用について』
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000160564_00050.html
そして、最初から入っていない人がいます。適用除外の要件に次のように挙がっています。
- 一週間の所定労働時間が20時間未満
- 継続して31日以上雇用されることが見込まれない
- 日雇労働
- 昼間学生
- 国・都道府県・市町村等に雇用される者
出典:厚生労働省『基本手当等の現状について』
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/001143630.pdf
週20時間を下回る雇用は、保険に入らない。週10時間、一か月ごとに契約が更新されるような働き方は、要件を満たさないまま法の外に置かれます。
給付回数と期間です。所定給付日数は、被保険者だった期間と離職理由で決まります。期間一年未満なら原則90日、一年以上五年未満なら150日。自己都合離職には給付制限が一か月から三か月かかります。
支出の規模感を見ます。令和6年度の雇用保険事業概要によると、適用事業所は2,379千所、被保険者は44,992千人。一般求職者給付の初回受給者数は1,150千人、給付額は7,169億円です。令和5年度(同資料的前年版)は適用事業所2,376千所、被保険者44,794千人、給付額6,997億円でした。適用事業所は増え続ける一方で、給付額の増加は緩やかです。
出典:厚生労働省『令和6年度 雇用保険事業概要』
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/koyouhoken02/pdf/all_r06.pdf
政策の議論で「雇用保険は弱すぎる」と言われ続ける理由には、構造があります。保険原理の設計なので、加入者の自己負担と給付水準が連動している以上、給付を下げれば保険料も下げないと破綻する。評価の中に置いておくべき事実です。
年金:額ベースの社会保障
加入と受給の数です。
- 公的年金被保険者数。令和6年度末 6,757万人、令和7年度末 6,759万人
- 国民年金第1号被保険者数(任意含む)。令和6年度末 1,368万人、令和7年度末 1,357万人
- 公的年金の実受給権者数(重複のないもの)。令和6年度末 3,941万人
- 公的年金受給者の年金総額。令和6年度末 58兆3,311億円
出典:厚生労働省『令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』
https://www.mhlw.go.jp/content/001617995.pdf
出典:厚生労働省『令和7年度の国民年金の加入・保険料納付状況』
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/toukei/dl/k_r07.pdf
納付の状況です。国民年金第1号の最終納付率は令和6年度84.5%、令和7年度85.6%でした。令和7年度末で、24か月連続の未納者は67万人、全額免除・猶予者は595万人。
同じ出典(令和7年度の国民年金の加入・保険料納付状況)から。
第1号被保険者は減り続けている。令和6年度末1,368万人から令和7年度末1,357万人へ、一年で11万人の減です。少子化は年金の受け手と支え手の両方に影響します。
金額側は、2026年度(令和8年度)で四年連続の増額になりました。改定率は国民年金(基礎年金)が1.9%、厚生年金(報酬比例部分)が2.0%です。消費者物価上昇率は3.2%なので、名目額だけを見ると購買力は下がっています。
- 老齢基礎年金(満額)。月額 70,608円、年額 847,296円(年金法上の100円単位表示で847,300円)
- 標準的な老齢厚生年金の標準額。月額 237,279円(夫婦二人の老齢基礎年金を含む。平均標準報酬月額換算45.5万円で40年間就業した場合)
出典:厚生労働省『令和8年度の年金額改定についてお知らせします』
https://www.mhlw.go.jp/content/12600000/001672868.pdf
出典:日本年金機構『令和8年4月分からの年金額等について』
https://www.nenkin.go.jp/oshirase/taisetu/kojin/2026/202604/0401.html
満額の基礎年金で月7万円。年金の額は、加入したときの期間と納めた額で大きく変わります。厚生年金は標準報酬月額の比例部分なので、所得が高ければ多く入ります。長く働き多く稼いだ人ほど多く受け取る。年金制度の基本的な構造です。
全体を貫く数字
- 令和8年度の国民負担率(税と社会保険料の合計、見通し)。45.7%
- 租税負担率 28.0%(国税、地方税の合計)
- 社会保障負担率 17.6%
- 財政赤字を加えた潜在的国民負担率。48.4%
ここ数年、下がり基調です。令和6年度実績で46.7%、令和7年度見込みで46.1%、令和8年度見通しで45.7%です。潜在的国民負担率も同じように、50.3%から49.1%、48.4%へ下がっています。負担率が下がったことを社会保障の弛緩と読むことはできません。骨格となる年金と医療の支出は減らっておらず、社会保険料の伸びが抑えられているだけです。
出典:財務省『令和8年度の国民負担率を公表します』(令和8年3月5日)
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/futanritsu/20260305.html
出典:財務省『国民負担率の推移(対国民所得比)』
https://www.mof.go.jp/policy/budget/topics/futanritsu/sy202603a.pdf
「日本の社会保障は小さい」とは言えません。税と社会保険料を合わせて、所得の半分近くが国に渡っています。「負担が重い、重くない」の二択は、そのままでは成立しません。
見えにくい負担は何か
制度はあります。でも、制度の額に含まれない負担が必ず残ります。
生活保護における負担
申請までの時間と手続きの費用。 申請から保護開始までに、現金が動きます。書類の準備、面談、通院記録の回収、日程調整。その間の収入は保障されません。
基準額と実費の差。 最低生活保障が月13万円なら、基準と実際の支出の差は自己負担です。住宅扶助は家賃の実額と基準額の上限の安い方です。家賃の高い地域では、制度の線引きが二重に厳しくなります。この負担は現金ではなく、時間と健康の形で後から返ってきます。
疾病の回復期間。 病気には治療費の上に、交通・時間・体力が乗ります。病気は一時的なものではありません。社会保障の設計が扱っていない負担の中に、生活の再建があります。
申請しない人に事実上かかる負担。 生活保護の捕捉率という概念が、行政の推計の中で古いまま放置されています。
捕捉率とは、「基準を下回って生活している層のうち、どれだけが実際に保護を受けているか」を表す指標です。厚生労働省のWebページ上で公開されているのは、2010年に社会保障審議会へ提出された有識者の報告で、底の資料は平成19年国民生活基礎調査です。このPDFの本文は文字化けして数値を確定に拾えないため、ここでは数値を上げずに「平成19年時点の推計」であることだけ書いておきます。推測で埋めるより、未更新という事実だけを書くほうが誠実だと判断しました。
出典:厚生労働省『貧困社会への処方箋 -新たなセーフティネットの構築-』(社会保障審議会資料)
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/01/dl/s0115-10b.pdf
これは2010年に公表された資料です。国が令和以降に出し直した捕捉率の数字は、私が見た範囲では見当たりません。今この瞬間、基準を下回って生活している人が何人いるのかを、国は最新の数字として持っていません。
それでも捕捉率が低いという議論は絶えず出ます。基準となる資料がないまま、基準が高いという話だけが継続する。制度改善の根拠として使える数字が、十五年以上更新されていない。
申請に落ちた後の負担。 申請しても不相当として弾かれた人。収入要件で弾かれた人。資産要件で弾かれた人。落ちたあと、行ける場所がすぐには見つかりません。
雇用保険における負担
保険料。 個人負担と事業主負担が半分ずつです。事業主が払った分は、採用単価に載るか、賃金の抑制として転嫁されます。「雇用主が払っているから本人ではない」という説明は、構造として正確ではありません。
待期と給付制限。 基本手当には待期があり、要件を満たしてもすぐには支給されません。自己都合離職には一か月から三か月の給付制限があります。自分で選んだ離職に対して課される制限です。退職理由がどうであれ、生活費は待期間中も要ります。
期間切れ。 所定給付日数が終わると支給は止まります。求職活動は続く。制度上、その後の支援はありません。
加入の線。 日雇労働、週20時間未満、昼間学生。契約の形として引かれた線です。現実の働き方は、その線の手前で切られることが多い。
年金における負担
免除と未納の違い。 免除が済むならまだ先があります。「納められない」ことと「納めなかった」ことは、制度上別の扱いになります。免除の申請には本人の手続きが必要です。
額が高い人ほど多く受け取る。 標準報酬月額の上限まで納めた人と、二十代だけ納めた人では、受取額に差が出ます。長く働き多く稼いだ人が、そのまま老後の安全になります。
誰が負担しているか
原則2。メリットとセットで書きます。
直接の負担
財源は二つに分かれます。
税。 歳入として、最終的には所得から徴収されます。国防、教育、公共事業など、ほかの目的と同じ税歳入です。歳入の内訳だけからは、社会保障の実際額が見えません。
社会保険料。 給与や売上のうち、一定額までを雇用主と本人で分担します。事業主が負担した分は、製品やサービスの価格に、ないしは給与の抑制として転嫁されます。
「社会保険料は雇用主が払っているから本人ではない」という説明が使われることがあります。構造として正確ではありません。
間接の負担
世代間の再分配。 年金は再分配の制度です。今の世代が払った分が、60年後の自分に返ってきます。同じ世代の中でも、所得に比例して異なります。「働いた人」が「働かなかった人」の一部分を担う、という構造です。正直に書いておくべき事実です。
税負担と社会保障負担の配分。 社会保障の財源の話は、公共支出全体の中の配分の話と切り離せません。「社会保障がタダだ」という見方は、公共支出の総コストを隠します。
手続きのコスト。 生活保護を受給するための、相談対応の労力、面談、調査、記録のコストが、行政の予算に明示されていません。「人を守る」ことの実際の価格が、誰かの労力でまかなわれています。
現在の制度のメリット
問題点の前に、ちゃんと機能している部分を見ておきます。代替案の前提が壊れます。
生活保護:最低水準が保証されている
生活保護は、「所得がゼロになっても最低限はならない」という保証を設計に組み込んでいます。最低生活保障水準が法的に定義されています。
申請すれば原則給付される。 他の多くの制度と異なり、生活保護は、要件を満たしていれば給付を拒否しません。救済の手続きを、受け取る側の義務として制度に書き込んでいます。
医療扶助が含まれる。 医療費を全額自己負担にすることがなく、高額な負担が抑えられています。医療へのアクセスが、自己負担という形で裏打ちされています。
雇用保険:保険原理が機能している
自分の保険料で自分の給付を受ける。 給付が保険料と連動している。財政的に破綻しにくい設計です。
再就職を支援している。 給付だけでなく、ハローワークを通じた職業紹介や訓練、再就職の支援。「渡す」だけでなく「戻す」方向にも動きます。
年金:長期の見通しが立つ
老後の最低収入が保証される。 所得の水準が変わっても、納めた額に対応する分が返ってきます。人生のうち半分以上の見通しが立ちます。
一生の負担を分散できる。 一生で受け取る総額は、保険料を納めた期間と額に比例します。一生の途中で全部を背負う人がいなくても、制度が成立します。
制度横断でのメリット
医療は「全員分」がある。 国民皆保険は、所得に関係なく医療が届きます。いちばん厳しい条件の人ほど、医療へのアクセスが守られます。
再分配が機能している。 所得の差を圧縮する働きは、日本の社会保障には確かにある。低所得者が自分の支出の中で、健康な所得者の負担の分が埋められています。
現在の制度の問題点
申請主義の壁
制度には「対象」と「申請」がある。この二つが合わさると、必要な人に届きません。
- 生活保護。申請しなければ始まらない
- 雇用保険。ハローワークに求職を登録しなければ受けられない
- 年金。加入と納付の手続きを自分で進めないと、受給権が失われる
「援助を得るために必要な手続きを、自分からする必要がある。」ここが一つ目の壁です。
二つ目。申請した結果、記録されます。「なぜ働くべきできなかったのか」を説明できないと、保護されません。説明できるかどうかで、保護が打ち切られます。申請すると、自分の置かれた状況が記録されていきます。
三つ目。申請先が分からない。生活保護は福祉事務所、雇用保険はハローワーク、年金は年金事務所、障害は別の窓口。制度ごとに窓口が違います。自分の状況に当てはまる制度がどれなのか、判断しにくい。
スティグマと申請の非対称性
「使うことへの罪悪感」は、個人の心の問題だけではありません。制度の名前と、運用の姿勢が結び付いています。
年金について「これは自分のお金だ」と受け止める有一部分がいます。実際、その通りで、加入者自身の資産です。制度に固有の名前があること自体が、スティグマと結び付いてしまいます。「年金」という名前と「生活保護」という名前では、前者は自分の属する制度、後者は自分の属さない制度として扱われます。
名前は、「自分の制度」と「他人の制度」を作っています。
「制度が届いていない」問題
捕捉率の話をそのまま使うと、基準を下回って生きているのに、誰も申請していない人が多数いることになります。理由は所得以外のところにあります。
- 自分の名義で申請できることを知らない
- 申請したことがない人が、手続きを想像できない
- 周囲に聞いてくれる人がいない
これは「制度が足りない」というより「制度が届いていない」という型の問題です。給付額を増やしても解決しません。
所得要件の引き方が制度ごとに違う
同じ「生活上の困窮」でも、制度ごとに基準が違います。
- 公的年金は所得比例。高い人ほど多く入る
- 生活保護は、所得と世帯人員の組み合わせで基準額を決める
- 雇用保険は、契約内容と労働時間を基準にする
一つの困窮に対して、七つの制度と七つの基準。全部が別の閾値を決めています。この七つを一つの基準にまとめることはできません。
稼働能力の認定と「働けない」の判定
生活保護には稼働能力の認定という項目があります。就労すれば増やした分だけ控除します。就労支援が前提になっている制度です。
「仕事を引き受ける力がない」と判断されたとき、その人に提供されるのは就労支援ではなく生活保護になります。稼働能力がないことは、仕事の側の問題であり、本人の責任ではない。でも制度上は「受け取っていない人」を、本人の責任として扱います。
生活保護の財源は「社会保障の中で小さい」
ここは,不停に間違えられている論点です。
生活保護の支出は、社会保障の中で比較的小さい額です。年金や医療の規模とは別次元です。財政的に大きな問題は、年金や医療の側にあります。
生活保護に財源がない、という主張が広く語られています。でも、その背後にある問題は生活保護ではなく社会保障全体にあります。対象だけを絞って語ると、全体像がつきません。
制度間の断片化
七つの制度があります。すべて別々の所得要件を持っています。申請するなら複数の窓口を回らなければなりません。
支出が増えたとき、どの制度が動くのか。場合によっては、全部の制度が同時に動かないと生活が維持できません。
制度に載らない人
制度には対象がいます。「生活保護の対象になる人」の中に、制度の隙間に落ちている人がいます。申請の実質的なコストが、制度を使えない理由になっている人です。
この人をどうするか。制度設計で最も難しい論点です。
別の設計案
制度ごとに、代替案を四つ。どれか一つを正解とするつもりはありません。
- 申請主義は維持。ただし行政の側から、窓口相談や訪問指導の場で、申請を案内する義務を法令に明記する
- 市町村に、困窮を察知したら相談窓口に案内する努力義務を置く
- 仮給付。申請の時点で基準額の一部を先払いする。審査で否認されても、すでに使ったお金は返させない
- 審査は後から行う
長所制度全体の見直しまでは行かずに済む。既存の審査機構を活かせる。行政の負担は増えますが、制度全体の破綻はしにくい。
短所「察知」の基準を定義しないと空転する。仮給付の「一部」がいくらになるかで、要求する予算の規模が変わります。
- 所得税の申告情報を使って、所得の少ない人に自動的に給付を返す
- 所得が0円になれば給付も0円。所得が増えるほど給付が減る。働いた分だけ減る方式
- 所得申告をしない人に対しては、仮の給付を窓口で申請できるようにする
長所申請が原則ゼロになる。生活保護と税額控除が、所得に共通の基準を持てる。所得が途絶えた瞬間に仕組みが動きます。
短所年に一回、税務の申告サイクルに依存する。「今月の分が届くか」ではない。途中の生活を保証する別の仕組みが要ります。システムの設計も別ものになります。
- 居住する全ての人に、一定額を毎月支払う
- 所得と世帯状況によらず対象
- 既存の生活保護や児童手当などと置き換える
長所申請が完全にゼロになる。書類がない。所得を出す必要もない。制度として最も単純に作れる設計です。
短所財源が桁違いに違う。仮に人口一億二千万人に月5万円を出すなら年間7.2兆円規模。社会保障全体の規模とは並びません。全てに配るならそれは減税であって、低所得者向けの支援ではありません。実施可能な規模ではない。
- 所得が0円になるまでは給付を増やす
- 上限を設定し、それ以上の所得の人には増やさない
- 子ども・障害・高齢向けの枠を別に置く
長所財源の問題を回避できる。一番困っている人に手厚く配れる。制度として現実的です。
短所制度が複雑化する。「月いくら受け取れるか」が計算できない人は、申請を諦めます。制度が複雑になるほど、使える人が減ります。
現実の位置
現実の日本の社会保障は、ほぼ案A寄りの位置にあります。ただし、案Aの「仮給付」部分を制度として持つ形はまだない。一部の自治体で独自事業として運用しているだけで、全国標準ではありません。
制度としてないなら、実現不可能とも限らない。既に一部では動いている、というのが使える材料です。
別の設計案の副作用
原則5。別の案には、必ず別の問題が生まれます。
案Aの副作用
- 「察知義務」の基準が曖昧だと機能しない。市町村に努力義務を課しても、情報源がなければ動けない。定義が広すぎると何もしない、狭すぎると対象を取りこぼす
- 仮給付を否認後も返させない設計は、悪用の余地も残す。返金を求める線引きが必要になる
- 後から審査する分、申請時の状況と審査時の状況は違う。その差分をどう扱うかが未解決です
案Bの副作用
- 税額控除は年に一回。その月の生活は保障されない。「受け取れる人」と「今切り離されている人」の時間差が生まれる
- 行政のシステム変更が要る。税務データと福祉の連携。制度設計だけでは完結しません
- 所得申告のできない人には、別途の入口が要る。所得の裏付けを厳密にする制度設計とは、方向が逆になります
案Cの副作用
- 財源規模が現実を超えている。上記のとおり。社会保険料を引き上げる以外の財源が要りますが、その代替財源の設計が別問題です
- 労働のインセンティブが下がり得る。段階的な抑制設計が必要で、そうしないと働かなくなる人が出ます
- 「低所得者向けの支援」ではない。全員に配るのは減税です。所得再分配として見ればありますが、「守るべき人」を選ぶという考え方の枠組みとは違います
案Dの副作用
- 制度が複雑になるほど、申請できる人が減る。計算が分からなければ、申請は諦められます
- 上限を超えると給付が消える。その境目にいる人は、途中に落ちるとゼロになります。段階的に落とす設計か、途中の調整が必要です
- 制度が複雑だと、行政の運用コストも上がる。そのコストが人件費に跳ね上がります
全案を通して変わらない問題
医療保障は別枠でなければなりません。医療は現物給付で、専門分化も進んでいます。案Cでも案Bでも、医療と介護は別途で設計する前提になります。すべてを現金に換算することは非現実です。
提案新社会ではどう設計するか
新社会の基本原則に照らして、仮定を置きます。現実の推計値ではなく、こう設計するならという置き方です。
仮定:設計の数字
- 単身世帯の最低保障額(可処分)。月15万円(仮定)
- 世帯規模にかかわらず、すべての人に同額の最低保障を与える(仮定。世帯加算の扱いをどうするかは未解決)
- 生活保護は申請主義を維持するが、相談義務と仮給付を加える(仮定)
- 仮給付は、申請の翌月までに最低保障額の50%(仮定)
- 財源は社会保障負担率17.6%(令和8年度の見通し)に4ポイントを加えた21.6%を想定(仮定)
現状の負担率17.6%に対して4ポイントの上昇なら、一人あたりの社会保険料が年間22万円ほど上がります。日本の名目GDPは669兆9,702億円(事実、令和7年度速報値、内閣府)。4%は約26.8兆円規模。人口一億二千万人(事実)で割ると、一人あたり年間22万円。すべて仮定です。実際の財源設計とは別の問題として扱います。
出典:内閣府『四半期別GDP速報値』令和7年度分(名目669兆9,702億円)
https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/sokuhou/sokuhou_top.html
年金の位置づけ:希望制ベーシックインカムへの置き換え(2026-09-30パスタ指示)
ここまでの案A〜Dとは別に、もう一段踏み込んだ仮定を置きます。
年金(国民年金・厚生年金)という「納めた額に比例して受け取る」仕組みそのものを廃止し、希望制のベーシックインカムに置き換える。
- 対象年齢に達した人は、申請すれば定額を無条件で受け取れる(仮定の額は未設定・要検討)
- 「希望制」=申請した人だけが対象。自分の収入で足りている人は申請しなくてよい
- 年金保険料の天引き(現役世代からの徴収)はなくなる。財源は税に一本化する(誰が負担するかは原則2に照らして別途明記が必要)
なぜ希望制にするのか。 本ページの案C(全員一律の公的ベーシックインカム)は、財源が現実的でないという副作用がありました。希望制にすれば、実際に必要としている人だけに絞れるため、財源規模を圧縮できます。
ただし、これは新しい問題を生みます。「申請しなければ受け取れない」という設計は、本ページの「現在の制度の問題点」で書いた申請主義の壁とまったく同じ構造です。年金を希望制BIに置き換えても、申請主義そのものの問題(申請しない人・できない人が制度の外に落ちる)は解決していません。この点は、本ページの案Aで検討した「相談義務」を、希望制BIの申請プロセスにもそのまま適用する必要があります。
重度の障がいがある人をどうするか(最大の未解決点)。 ここが、この設計でいちばん難しい部分です。パスタ自身、この点を「わからない」と明確に言っています。正直に、わからないまま設計を進めます。
希望制BIは、定額であることが前提です。一方で、重度の障がいがある人は、医療費・介護費・生活支援など、定額を恒常的に上回るコストがかかることが多くあります。原則1(いちばん条件が厳しい人を基準にする)に照らすと、「定額のBIだけ」で重度障がい者の生活を支えきることはできません。
そこで、年金という「一つの制度」を丸ごとBIに置き換えるのではなく、二層構造にします。
- 土台:希望制BI(定額・簡易な申請のみ。老後の所得保障が中心)
- 上乗せ:障害加算(障害の程度・必要な支援に応じた、個別審査のある給付。現行の障害年金・障害者手帳制度に近い仕組みを、BIとは別枠で維持する)
つまり、年金が担っていた「老後の所得保障」の部分だけをBIに置き換え、「障害による特別な支援」の部分は、別の制度として残す、という設計です。単純化(希望制BI)と、いちばん厳しい条件の人を置き去りにしないこと(障害加算)を、両立させる必要があります。
これでも、以下は未解決のまま残ります。
- 希望制BIの具体的な額
- 障害加算の基準(現行の障害等級制度をそのまま使うか、作り直すか)
- 財源の設計(保険料徴収をやめた分、どこから税収を確保するか)
原則1:いちばん条件が厳しい人を基準にする
この原則を社会保障に当てはめると、設計の基準線が一点で決まります。
「所得がゼロの人」を基準にする。 平均的な所得を基準にすると、平均から外れた人が落ちます。「働けない人」を基準にすると、働けない人にしか効かない制度になる。だから「収入が途絶えた人」を基準にします。
勤続年数を基準にしない。 雇用保険の給付日数は勤続年数で変わります。勤続年数が長い人に厚くする制度は、勤続できない人にとって設計されていません。
世帯構成で線引きしない。 現行の生活保護基準は世帯人員と世帯類型ごとに異なります。家族がいることを前提にした線は、家族がいない人に対して設計されていません。
原則2:負担は、必ず誰かにかかる
財源を明記します。仮定です。
社会保障負担率を17.6%から21.6%へ上げるなら、一人あたり年間22万円ほどの社会保険料上昇になります。この4ポイントを誰が負担するかを明記しないと、原則2は守れません。
- 高所得者の税率を引き上げるなら、高所得者の可処分所得が減る
- 消費税率を引き上げるなら、低所得者の負担割合が相対的に高くなる
- 給与所得の税を引き上げるなら、労働の手取りが減る
どれを選ぶかは未解決です。妥当な組み合わせを一つに決めること自体が、原則2の論点です。
原則3:現在と未来、どちらか一方を犠牲にしない
年金の財源は、現役世代が先払いをしています。これは原則3に照らすと、現役世代への先払い負担です。
- 今の世代が負担し、60年後の自分が受け取る。これは年齢をまたぐ再分配
- 今の世代が負担し、今の世代が受け取る。これは当年内の再分配
- 今の世代が負担し、受け取るのは未来の世代だけ。先払いが終わらない形です
この三つは別の問題です。「今の世代がどれだけ負担するか」だけを見ると、個人にとって目に見える負担は軽いです。「60年後の自分がどれだけ受け取るか」まで含めて見れば、負担の実体が見えてきます。両方を別の項目で追う必要があります。
原則4:一つの制度は、他の制度とつながっている
社会保障を単独で見ることはできません。
- 社会保障の給付が変われば、働くというものの前提が変わる
- 社会保障の財源が変われば、お金と生活の可処分所得が変わる
- 住宅扶助が変われば、住居の設計が変わる
- 医療扶助が変われば、生活の最低条件が変わる
社会保障を先に決めるのは、順序としては逆です。でも、全部を同時に決めるのは不可能です。各制度の相互関係を書き出しながら、進めるしかありません。
原則5:代替案には副作用がある
案Aから案Dのそれぞれに副作用を併記しました。「Aにすれば解決」ではない、という前提です。
原則6:事実と仮定を混ぜない
ここに置いた数字はすべて仮定です。現実の制度設計の数字ではない。
原則7:唯一の正解を作らない
四案の中で「これでいい」と決めることはしません。どの案をどの範囲で採用するかの組み合わせを、応用問題として読者に委ねます。
仮定に対する反論は当然です。「15万円は高すぎないか」「4ポイントの上昇は大きすぎないか」。仮定とは、反論できる数字を置くことです。反論できない数字を置くと、それは仮定ではなく、結論になります。
他の制度への影響
すべてのお金と生活の動線を目印にして、追跡します。
お金と生活との動線
社会保障の財源は税金と社会保険料です。可処分所得のうち、およそ半分近くが国に渡ります。所得の再分配は、現に起きています。
ただし、再分配のプロファイルは単純ではありません。社会保障の給付には、水準、対象、時期のすべてにおいて、所得の絶対額が低い人ほど影響が大きい構造が入ります。同じ社会保障負担の中で、負担の度合いが所得によって違います。
社会保険料には上限があります。高所得者ほど保険料の限界負担率が下がります。一方低所得者は、支払い額に対する割合が大きくなります。この二重の意味での逆進が、社会保障負担の構造的な特徴です。
働くこととの動線
勤続年数と給付日数。 勤続年数が給付日数を決めます。勤続できない人には、給付の見通しがありません。
自己都合離職と給付制限。 自己都合離職には一か月から三か月の給付制限があります。ただし「自己都合」の判定基準は曖昧で、実際の運用には幅があります。
求職活動中の継続。 求職活動を続けても、認定の所得要件に届かなければ給付が途切れます。基準を守った人と、求職をサボった人が同じ扱いになる場合があります。
AIと仕事との動線
AIと仕事の関係は、社会保障の前提に直結します。
AIによる雇用影響。 雇用保険の対象は、雇用されていた人の離職です。AIによる雇用変動が、この枠組みに収まるかは未検証です。
職業訓練の費用対効果。 求職者支援訓練は、社会保障の一部として予算化されています。AI時代における訓練の費用対効果を、別途評価する必要があります。
AIと年金財政。 生産性が上がればGDPは伸びます。社会保険料を所得に比例させるなら、上昇します。逆なら、年金財政は厳しくなります。
高齢化と関係する負担
高齢者の割合。 65歳以上の割合。年金支出の増加は財政に直接影響します。
高齢者世帯の五割。 生活保護の55.2%が高齢者世帯です。老いても生活が成り立つという問題は、年金だけでは解けていません。
介護。 介護は年金とは別の制度としてあります。高齢者の割合が増えるほど、介護保険の支出も増えます。社会保障全体の中で無視できない支出です。
未解決問題
まだ答えが出ないことを、隠さず書いておきます。
- 捕捉率の数字が、国に最新で存在するか。 既存の推計は2010年公表のもの。基準を下回って生活している人が何人かを数字で持っていないなら、制度改善の検証ができません
- 仮給付を返さない範囲をどこまでに設定するか。 悪用防止との線引き
- 最低保障額に、世帯加算を入れるか入れないか。 入れなければ単身世帯の負担が重くなる。入れるなら基準の再計算が必要になる
- 財源を社会保障負担率で引き上げるのか。 それとも別の財源とするのか。仮定を置いただけでは、実際の財政設計にはつながりません
- 仮定としての15万円が妥当かどうか。 最低生活費の調査が前提になるが、新社会の調査設計からまだ始めていない
- 行政運用を圧迫する要素と、極端な事例をどう位置づけるか。 これは別の論点として整理する必要がある
- 財源の検証。 仮定の4ポイントには財政検証がない。仮定の根拠を明示することと、実際の財政に載せることは別である